なぜ、認知症や癌(ガン)予防をしたいのか?
「サプリ缶」店長&健康アドバイザーの名畑(なばた)のぞみです。
こんにちは。
ブログを引っ越してから2ヶ月が経ちました。
何だか、あっという間に時間が過ぎちゃって・・・。
本当に時間が経つのって早いですね。
今日は、私が認知症や癌(ガン)予防のブログを始めるに至った経緯です。
そんなのいい・・・と言う方は、スルーしてくださいね。
まずは私の履歴から・・・
私は山形の庄内地方出身です。海沿いの平野部。
実家が食堂を経営していて、子育てのための時間がなかったため、実家と親戚の家のダブルで育てられました。
小さいころは、母が二人で父が二人いて、どちらが父ちゃんなの?と真剣に悩みました。
今となっては笑い話ですが、実の父を「おじちゃん」叔父を「とうちゃん」と呼んでいて、小学校に入るぐらいに呼び方を間違えている自分に気がついたほど。
実家の近くでは2世帯住宅が当たり前で、若い者が働き、おじいちゃんやおばあちゃんが子育てをするパターンは珍しくありません。
ただ私の祖父母は若い頃に亡くなっていて、育てるのが大変なため、親戚と実家のダブルで養育されたと言うわけです。
父そして叔父さんの病気
とっても優しかった叔父さんと、厳しくて寡黙だったけど何でも理解してくれた父。
二人とも私の人生で、とっても大切な人たちです。
叔父さんは、胃がんを患い、手術で胃をすべて摘出しました。
食べられるものが極端に少なくなったことで、急激にやせ細り、術後3年ほどで亡くなりました。
入退院を繰り返して、叔父さん本人も辛い表情でしたが、主に看病に当たった叔母さんもとっても大変そうでした。
父は大工だったのですが、寒い日に1日じゅう、ずっと外で仕事をして、よっぽど身体が冷えたのか、お酒を通常の2倍飲み、普段食べない大福を食べて寝て、翌朝おきてこないな・・・と思ったら、既に脳梗塞を起こしていて病院に運ばれました。
命は取り留めましたが、右半身が動かなくなりました。
あちこちにチューブをつけられ、それがとっても嫌だったのか、微かに動く左手でチューブを何度も外していました。
最終的には、手に分厚いミトンを付けられて抵抗できない状況。
極度の医者嫌いだった父にとって何とも可哀想な光景で、涙が出ました。
でも家族としては、命だけは何とか救って欲しかった。
胃ろうをして、2年ほど病院と老人ホームのお世話になって亡くなりましたが、自分で食べる事も何一つ出来ないこの期間、父は幸せだったのかと思うと今でも心が痛みます。
もっと何かいい方法があったのではないかと悔やんでいます。
辛いのは本人、そして家族みんな
病気になった叔父と父、本人も辛いですが、看病に当たる家族も大変です。
24時間、頭の中は病人の心配でいっぱいですから・・・。
これから快方に向かう人のお見舞いならば嬉しいですが、会うたびに弱っていく病人を目の当たりにすると、心をいくら強く持っていても、とってもシンドイ状況です。
私が出来ること
そんな家族を見ながら、辛い思いをさせる人を一人でも少なくしたいと思ったんです。
医者ではない私に出来ることは、まずは病気にならないようにすること、
つまり予防のための方法をお知らせすること。
これしかないんです。
このブログの内容が、認知症や癌で悩んでいる人の助けに、少しでもなれば嬉しいです。
健康で笑顔の多い生活が出来るよう、毎日更新していきます。
長々と書いてしまいました。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
名畑
健康のこと食事のこと…ちょっと聞きたいなって思ったら
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